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== 山東省 ==

曲阜市!!

今日は、山東省済寧市に位置する県級市「曲阜市」です \(^▽^ )
曲阜市
と、その前に・・・
今日は中華人民共和国さんの60歳のお誕生日です!!
ヽ(≧ω≦){☆HAPPY★BIRTHDAY☆}(≧ω≦)/
天安門広場の毛沢東さんも新しい物になり、
盛大な式典でお祝いしていますw

では、本題に
曲阜市は、以前にあの高名な『孔子』の生誕の地として
ご紹介しましたが、世界遺産の三孔のご紹介だけだったので、
それ以外のご紹介をしたいと思います

曲阜市位置
伝説では、三皇五帝の内の「炎帝(あの角の生えた神農氏)」、
「黄帝」とその子「少昊」が曲阜の地を都に定めたと言われています
夏の時代は奄国に属しており、周の武王が周王朝を開いたとき、
その弟「周公旦」がこの地に分封され、魯公を称しました
ただし魯の国は息子の「伯禽」に任せ、周公本人は魯にとどまらず
朝廷にいて、武王亡き後の不安定な政治を補佐していたと言います
この時以来、この地は873年の長きにわたり魯国の都城であり、
周の諸侯の国都の中でもっとも長く都であり続けたそうです

孔子祭
その後も、魯国→魯県→魯国→魯県→魯郡と支配国によって、
変わりながらも魯の名は受け継がれていきましたが、隋になって
「城の東に阜(おか)有り、委曲して長さは七八里」という由来から
名称が「曲阜県」に変わりました
明清や近代まで、絶えず孔家の本拠として栄えてきましたが、
新中国建国の時に孔家の直系子孫は台湾に逃れる事になりました
1986年に曲阜県は廃止され曲阜市となり、現在に至ります


「顔廟」
顔廟
顔廟とは、孔子の一番弟子であった顔回を祀った廟です
性は顔(がん)、名は回(かい)、字は子淵(しえん)
字から顔淵(がんえん)とも言われていました
孔門十哲の一人で、随一の秀才と言われ、
孔子にその将来を嘱望されるも夭折した人物の一人です
顏回は名誉栄達を求めず、ひたすら孔子の教えを理解し
実践することに努め、その暮らしぶりは極めて質素であったといいます

顔回
「論語」の中には顔回への賛辞がいくつもでてきていて、たとえば孔子が
「顔回ほど学を好む者を聞いたことがない」(雍也第六、先進代十一)や
同門の秀才子貢が、「私は一を聞いて二を知る者、顔回は一を聞きて
十を知る者」(公冶長第五)、と述べたことが記載されています
顔回の事を孔子は後継者として見なしていましたが、それだけに
早世した時の孔子の落胆は激しく、顏回の死を聴かされた時に、
孔子は「ああ、天われをほろぼせり」と慨嘆したそうです


「周公廟」
周公廟
周公廟は、先程書いた「周公旦」を記念して建てられた廟です
周公旦の周公は称号で、正式には姓が「姫」、諱は「旦」だそうです
文王の第四子で、初代「武王」の同母弟にあたります
次兄武王の補佐を勤め、さらに武王の少子の「成王」を補佐して
建国直後の周の為に尽くした、太公望達に並び、周建国の
大功臣の一人だった人です
周公旦
周が成立すると曲阜に封じられて「魯公」となったのですが、
天下が安定していないので魯に向かうことはなく、嫡子の「伯禽」に
赴かせてその支配を委ね、自らは中央で政治にあたっていました


「少昊陵」
少昊陵
少昊陵は、中国古代五帝の一人「昊的」の陵墓です
少昊(しょうこう)は青陽氏、金天氏、窮桑氏、雲陽氏,朱宣と
並ぶ中国古代の五帝の一人で、伝説では姓は己、
名を摰(質とも作る)といい、黄帝の子であると言われています
窮桑(現在の山東省曲阜市)に生まれ、東夷の首領であったとされ、
「少昊」とは太昊の徳行を継承したことにより命名されました


「孔子六芸城」
孔子六芸城
孔子六芸城は、アメリカとの合資企業により建設されました
主として孔子の「礼」「楽」「射」「御」「書」「数」という
「六芸」を内容とする文化的観光の場所で、孔子の六芸の音
楽舞踊と、孔子を祭る音楽舞踊を観ることができます
その他にもショッピングモールやレストラン、宿泊施設もあります

礼
建物は「六芸」にあわせて六つのホールに分かれており、
「礼」ホールでは、古代音楽舞踊と孔子を祭る音楽舞踊が開催されており、
「楽」ホールには、飲食店などが並び、軽食等を楽しめ、
「射」ホールでは、古代式の弓で矢を射るなどのアトラクションがあり、
「御」ホールでは、古代に倣った電気牛車に乗って孔子の列国周遊を体験し、
「書」ホールでは、孔子の教育場面と、木で刻まれた「論語」の壁掛け、
「数」ホールでは、数に関する問題が迷宮のようになっています


「魯国故城」
魯国故城
曲阜市の市街にある、明清代の街並みを再現して、魯の国の
故事をまとめた、一種の歴史テーマパークのようになっています
東西3.5km・南北2.5kmの長方形で、周長は11.5km
東南・東北・西北の3つの部分は城壁が地上に残っています
元々の魯国城には、城門が南面に2か所、東・西・北に各3か所、大通りが
東西に7本、南北に6本(幅は10mぐらい)あったことが判明しています
孔廟・孔府・孔林の三孔もこの城内にあります


他にも、孔子を研究している「孔子研究所」 Σ\(-- )そのままかよ!
漢代と魏代の石刻を収蔵した「漢魏碑刻館」、
曲阜の東30キロにある孔子生誕の地「尼山」他、
見所は沢山ありますので、行ってみても損はないですよ
尼 山

それでは、今回もこの辺で
(^・ω・^)ノ 明日は、孟子で~すw





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== Comment ==

No title
中華人民共和国60年式典が北京で盛大に行われていますが、高速道路も取締りが厳しくトラックの荷台まで調べられています。
山東省も見所がたくさんあるところのようですが、いつも休みを利用して中国国内を旅行すると決めていたのですが、今回の国慶節の休みも結局何処にも行くことができませんでした。計画性のないのが私の欠点です。
ごーさん 様
コメント有難うございます!何処もかしこも厳しいですし、遊ぶ所も女の子も少ないし、日本人は私を含め皆、帰国してますから逆に良かったのでは.......................!
新フォーム(再び)
こっちの方が見やすいですね。
やはり以前の新フォームはチョット失敗だったようですね。
浪漫飛行 様
コメント有難うございます!そでしょう、君子豹変です!
No title
ももたろうさん、こんばんは!
先日のシルバーウィークを利用して2か月ぶりの上海に飛びました。
以前、ご紹介いただいた玉仏寺にも行きましたよ!でもすごい観光客の数で、落ち着いて参拝する雰囲気ではありませんでした。合わせて蘆浦大橋にも行ってきましたが、来年の万博が楽しみですね!
mr.slim 様
コメント有難うございます!え~そうなんですか~!私は逆に22日に帰国してましたよ!何せチケットが通常の倍だって言うから慌てて帰国しました。玉仏寺は、ろくに拝みもしない欧米人ばかりが多かったでしょ?それとまたいい写真を一杯お撮りになったんでしょう?ブログ楽しみにしています!





        
 

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