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== 西蔵自治区 ==

日喀則市!!

今日は、日喀則市(地区)のご紹介です (^▽^)ノ
日喀則市
日喀則市(シガツェ-シ)はチベット自治区の第二の都市になります
ツァン地方の宗教・政治・経済・文化の中心であり、ゲンドゥン・
ギャツォ(ダライ・ラマ2世)の出身地でもあります
1986年には、中国政府により国家歴史文化名城に指定されました
日喀則市

シガツェ市は、チベット南部のヒマラヤ山脈北麓、
ヤルンツァンポ川とニャンチュ川の合流地点に位置しており、
海抜3840mの中国で最も高い都市になります
総面積は3,700km²、総人口約9万人と、小さな都市ではありますが、
この地は歴代『パンチェン・ラマ』が住まう場所になります
パンチェン・ラマとは、ゲルク派において「ダライ・ラマ」に次ぐ
第二の高僧にあたり、とても偉い人です


「タシルンポ寺」(中国名:扎什伦布寺)
タシルンポ寺
市の南側の山に沿って建てられているこのお寺は、後蔵地区における
チベット仏教ゲルク派最大の寺院で、四大ゲルク派寺院のひとつにあたります
チベット語で「吉祥に満ちた山」という意味になり、パンチェン・ラマ4世以降、
歴代のパンチェン・ラマが座主を務め、この地の宗教と政治活動の中心として
栄えてきました

タシルンポ寺
1447年(明の10年頃)、ゲルク派の開祖「ツォンカパ」の弟子の「ダライラマ1世」
(ゲンドゥン・トゥプ)によって建てられたタシルンポ寺は、それ以降
歴代パンチェン・ラマによる修復と増築が行われ、今では敷地面積約20万㎡、
周囲約2000mまで拡大しています
宮殿・地方政府機関・パンチェンの霊塔殿・学院の4つに分けられていて、
学院はツォクチェン、4つのタツァン、64のカンツァンから成っています
また、タシルンポ寺には文化財が多く残っており、これらはチベットの
政治と宗教の歴史や社会の発展の研究における貴重な資料となっています


「シャル・ゴンパ」(中国名:夏鲁寺)
シャル・ゴンパはチベット仏教シャル派の寺院で、街の東南にあります
「シャル」とは「新芽」または「柔らかい葉っぱ」という意味になります
(ゴンパ=寺という意味)
古めかしくて飾り気がなく、他の寺院と違い落ち着いた雰囲気です
シャル・ゴンパ

1087年シャル派の高僧によって創建されましたが、1329年の地震で倒壊
しましたが、1333年に再建・復興しました
14世紀中期、シャル派の高官の招きにより、チベットの学者「プトン」が
シャル・ゴンパの住職に選ばれるという驚くべき事がおこりました
彼はその後、生涯で200種以上の仏教書を書き残し、チベット大蔵経の
編集も手がけるなど、偉大な仏教学者の一人として活躍しましたが、
彼は政治には関わらなかったため、影響力が弱く、プトン派や
他からは常に孤立した状態で生涯を終えました
彼の死後、シャル・ゴンパは彼の生まれ変わりにより引き継がれています
シャル・ゴンパ

シャル・ゴンパには、美しい壁画が数多く残されていますが、その他にも
数々の仏像や「四つの宝」も残されています
「ビャクダン製の経板」「かめに入れられた聖水」「真言の刻まれた礎石」
「シャル・ゴンパを創建した僧が使ったといわれる洗面器」の4品で、
このうち、かめの中の聖水は赤い布で密閉されていて、12年に1度だけ水が
加えられており、この水は人間の108の汚れを洗い流すといわれています


「ナルタン・ゴンパ」(纳唐寺)
納唐寺
チベット仏教ガタン派の寺院で、3大印経院のひとつです
1033年にガタン派の僧によって建てられました
ナルタン・ゴンパは小さい寺院ですが、歴史が長く、印経院としての経文印刷
事業に対する貢献は、ポタラ宮の印経院よりも大きかったと言われています
寺院内にはナルタン版大蔵経が納められ、「チベット文庫」とも言われています


「チョモランマ峰」(珠穆朗玛峰)
チョモランマ
皆さんもよくご存知の、海抜8848mもある世界最高峰「チョモランマ」です
チョモランマとはチベット語で「聖母」という意味になります
ガチェ地区ティンリー県の南方、ヒマラヤ山の中央付近に位置していて、
山頂には万年雪が積もり、8千m級の峰が4座、7千m級の峰38座に囲まれています
このように高い峰の集まるヒマラヤ山脈は「世界の屋根」と言われ、有名です

チョモランマ
1858年、イギリス人指揮下のインド測量局が、この峰にイギリス人局長の
名前を取って「エベレスト」と命名しましたが、1952年、中国政府によって
「チョモランマ峰」と名づけられました
山は巨大なピラミッド型で、26kmにも及ぶ氷河が流れ、雪線以下には
40m以上にもなる氷の柱が林立し、独特の地形を作り出しています
チョモランマ峰はチベット、バキスタン、インド、ネパール、
ブータンなどの国境にまたがっており、世界で最も若い山脈のひとつで、
山脈形成から1千から2千万年と推定されいます


「サキャ・ゴンパ」(中国名:萨迦寺)
サギャ・ゴンパ
サキャ・ゴンパはシガチェ市のサキャ県にある、サキャ派の総本山です
芸術的価値が高いことから「第二の敦煌」ともいわれています
サキャのサは「土」、キャは「灰色」という意味で、ボンポ山の岩が
風化により灰色の土になったことが地名の由来だと伝えられています
ですが、敦煌が歴史遺跡であるのに対し、サキャゴンパは
現在も代々受け継がれており、今でも活動を続けています

13世紀中期、チベットは元朝の傘下に置かれていましたが、
その当時に元朝の後ろ盾によってサキャ地方政権ができました
サキャ第五代法王「パスパ」を国師とし、チベット地区の行政と
宗教活動を行うことになり、サキャ寺はその拠点として活動していました


「ギャンツェ城」(宗山堡)
宗山
ギャンツェ県の中心にある切り立った崖に築かれた抗英遺跡です
「ツォン山城塞」と呼ばれ、1904年にイギリス軍600人がギャンツェ侵攻を
開始しましたが、ツォン山にてギャンツェの人々の抵抗にあいました
人々は山の上に砲台を築いて英軍と戦い、その応戦は8ヶ月にもおよびました
ギャンツェ軍はイギリス軍に奇襲をかけ、ついには全滅に追いやり、
勝利したかに見えましたが、その後イギリスからの援軍により、
結局すべてのギャンツェ軍兵士が国のために戦死する結果となりました
今もツォン山には当時の砲台がそのままの形で残されています


それでは、今日もここまでです
チベットは仏教関係が多く、なかなか大変です(笑)
(名前がややこし~)
それじゃあ (^ω^)ノま~た~ね~♪





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== Comment ==

No title
こんにちは
チョモランマ一度行ってみたいですね。
空気が澄んでいて大自然の風景が広がったところで大声で日頃の鬱憤を叫んでみたいです。
ごーさん 様
コメント有難うございます!
そうですね~!頂上から叫ぶとそれは気持ちいいでしょうが登るのが大変です(笑)
今後とも宜しくです!
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