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== 時事・雑学 ==

五節句!!

今日は「絶句」じゃなく「節句」についてです (゚□゚;)シーン
人日節

先日のAYA様のブログにて「端午の節句は休日でなんで桃の節句が平日なのか?」
と言う問いかけをされており、コメントでanego~様が返されていましたが、
私も気になって調べてみた所(ももたろうですから(笑))、結構奥が深く、
また中国とも関係があることが解かったので、過ぎてますがご紹介したいと思います
(多分長くなりますので、今回は桃の節句メインです)

まずは節句とは?
伝統的な年中行事を行う季節の節目(ふしめ)となる日のことです
正確に言えば旧暦(和暦)が正しいのですが、明治6年(1873年)の
改暦以後は一般的にグレゴリオ暦(新暦)で行われるようになっています

<五節句>
1/7 七草の日 【人日(じんじつ)】
3/3 桃の節句 【上巳(じょうし/じょうみ)】
5/5 菖蒲の節句【端午(たんご)】
7/7 たなばた 【七夕(しちせき/たなばた)】
9/9 菊の節句 【重陽(ちょうよう)】
思陽節

現在でも昔からの風習により、桃の節句を新暦4/3に行っている所もあります
(東北・北陸など)
考えてみれば、七夕も7/7の所と8/7の所がありますよね



それでは本題の桃の節句(雛祭り・上巳)について
元々の桃の節句とは、現在のようなお内裏様(天皇)やお雛様(皇后)を
飾る物ではなかった事は、皆さんも知ってますよね?
事の始まりは平安時代といわれ、諸説はありますが
厄除けの儀が一番有力らしいです
当時中国から入ってきた文化の中に「曲水の宴」という厄除けと
不浄をのぞく目的の行事があり、それと日本古来の「祓え」
(罪や不浄を清める信仰)が習合し、起源となりました
上巳節

「曲水の宴」は、中国古代の周公の時代に始まったとされており、
やがて曲水の宴は日本に伝わり、顕宗天皇元年(485年)に天皇のお出ましを
仰いで行われたと『日本書紀』に記されています
日本に入ってきた当初は、やはり禊(みそぎ)的な行事でしたが、
平安の貴族の間で、曲水のほとりで詩を作るという曲水の宴に発展し、
3月3日の行事として全国に伝わりました
この解釈だけでは、貴族の道楽遊びのようにも思えますが、
現在も神社にお参りする時には必ず手水を使って口と手を洗い
心身を清めるように、重大な神事の前には川辺に赴いて禊(みそぎ)
祓(はらえ)を行っており、「(日式)曲水の宴」でも、
春先に清流で身を清めて不祥を祓い、無病息災を祈るという慣わしは、
中国から伝来した通り残っています
)曲水の宴



古代の雛祭りはわら人形や紙人形(人型)に自分の身の穢れを移し、
それを(きれいな)水に流すことで、身を清める儀式でした
現在でも鳥取や京都・他で、風習に則って「流し雛」が行われています
では、現代のような飾り雛になったのはいつ頃からでしょうか?
これも諸説あるのですが、江戸時代に徳川家康の孫娘「東福院」が、自分の娘
「興子(おきこ)」のために作った座り雛がはじまりとされているようです
これが女子の「人形遊び」と節物の「節句の儀式」と結びつき、全国へと
広まっていったのですが、その際に飾り物としての古の形式と、一生の災厄を
身代わりさせるという祭礼的意味合いが強くなり、武家子女など身分の高い
女性の嫁入り道具の家財のひとつに数えられるようにもなっっていきます
流し雛

面白いのが江戸の町民達で、最初はざっとした(簡素)な人形を
男女一対で飾っていただけでしたが、時代とともに精巧な人形になり、
今のような十二単の装束の「元禄雛」や大型の「享保雛」が作られる
ようになり、外装(屏風)等も金箔などで豪華になっていきました
これを気に入らなかったのが江戸幕府で、享保年間には、人々の
消費を規制するため、大型の雛人形の禁止令を出しました
しかしそこは抜け目の無い町民達、この規制を逆手に取り「芥子雛」と
呼ばれる精巧を極めた小さな雛人形(わずか数センチの大きさ)
を作り出し、これがまた大ヒット!!
さすがの幕府もお手上げだったようです
その後、江戸時代後期には「有職雛」とよばれる宮中の雅びな装束を正確に
再現したものが現れ、さらに今日の雛人形につながる「古今雛」が作られました
そして、当初2体だけだった人形に嫁入り道具や従者人形たち、その他小道具
などが増えていき、現在の形になったと言われています
流し雛の様子

<雛人形のそれぞれ> (wikiより抜粋)
・雛人形は、宮中の殿上人の装束(平安装束)を模している。
・親王(男雛、女雛)はそれぞれ天皇、皇后をあらわす
・官女(三人官女)は宮中に仕える女官をあらわす、内1人のみお歯黒、眉無し
・五人囃子は能のお囃子を奏でる5人の楽人をあらわし、
 それぞれ「太鼓」「大皮」「小鼓」「笛」「謡」である
(能囃子の代わりに5人、又は7人の雅楽の楽人の場合もある)
・随身(ずいじん)の人形は随臣右大臣と左大臣と同時に衛士(えじ)でもある
・仕丁は従者をあらわし、通常3人1組である



雛人間?
それでは、なぜ桃の節句と言うのでしょうか?
古来から桃は魔除けの植物として信仰されており、古事記には、
イザナギノミコトが黄泉の国から追ってきた鬼を、桃の実を投げて撃退した
と言う話や、他にも「不老長寿の実」とか、桃を食べて仙人になった中国の話、
桃から生まれ鬼を倒した桃太郎、西遊記にも神聖な物として出てくるなど
桃には様々な言い伝えや信仰があります
そういえば、映画などで中国の導師が持っているのも桃剣ですね

余談ですが、桃の節供は「草餅の節句」とも言われます
この時期、季節の植物は桃だけではなく、「よもぎ」もそうで、
通常端午の節句に使われますが、よもぎも魔除けの植物なのだそうです
雛祭りの菱餅は3色になっていますが、緑は「よもぎ」で健康を、
赤は「桃」で魔除けを、白は清浄を表しているそうです
また、赤には後で書きますが、かつて竜の犠牲になった子の
血の色と供養の意味もあるそうです



上巳節
次は、ひなまつりの食べ物について
最近の家庭ではあまり行いませんが、雛祭りの祝い膳と言う風習がああり
人形を片付ける前日に雛道具を使ってお人形にごちそうをあげ、
子供達もその前で同じ物を食べる慣わしがあるそうで、その内容は
焼いた干魚・千切り大根の味噌汁・煮物(焼豆腐とクワイとかまぼこ)・
大根なます・うるち米のみで炊いたお赤飯の5品です

なぜ白酒(しろざけ)を飲むのか?
白酒は、蒸したもち米に同量以上の味醂を加えてかき混ぜるか、
蒸したもち米に焼酎と米麹を加えるなどして仕込んでおいたものを、
数週間後に臼で引きおろす製造法で、博多地方において古くから
造られていた「練酒」が起源とされています
江戸時代から雛祭りのお供えとして扱われるようになったのは、
平安時代からの風習である上巳(桃の節句)において、室町時代頃は
桃の花を浸した酒を飲んでいたものが変化したと伝えられています
白酒コーナー

次は菱餅について
色の説明は先程しましたが、菱餅の起源はインド仏典の説話だそうで、
何度も洪水が起こる度、川に住む竜の怒りを静めるために女の子を
いけにえにしていた町があり、ある年に選ばれた娘の父親が我が子を
助ける為に菱の実を差し出ししました
なんでも菱の実は、食べると子どもの味がすると言われていて、
その菱の実のおかげで娘は助かり、それ以来女の子を犠牲に
することがなくなったというお話です
菱餅

では、蛤(ハマグリ)はなぜ?
蛤の語源ですが、だじゃれのようですが、栗に形が似ていることから、
浜辺の栗→はまぐりと名づけられたという説があります(笑)
蛤は他の貝とは絶対に合わないことから一夫一婦の願いを込め、
お祝いの膳にお吸い物として添えられます
また、元々九州や沖縄などの地方で3月3日に潮干狩りなどをして
楽しむ風習があり、そこから蛤を食べるようになったという説もあり
本来は、1つの貝に身を2つ入れるのがしきたりです
ちらしとお吸い物



長くなりましたが、中国の雛祭り(东方女儿节)ですが、やはり旧暦で
行われるようで、写真は昨年4/12に上海で行われた東方雛祭りです
この祭りでは、女子は漢時代の衣装で儀式を行い、幸福を願いながら
成人する(成人式?)そうです
上巳節

上巳節

上巳節


最後に、もう一つトリビアを
皆さんも「うれしいひなまつり」の歌は聴いたことがありますよね
あかりをつけましょ ぼんぼりに、お花をあげましょ 桃の花~という歌です
この歌が作られたのは1936年(昭和11年)に作詞:サトウハチロー、
作曲:河村光陽で作られました

<トリビア1>
この曲の2番の「お嫁にいらした姉様に、よく似た官女の白い顔」の部分ですが、
この歌詞を書いたサトウハチローの、実姉への鎮魂歌にもなっています
サトウハチローが子供の頃に、4つ歳のはなれたお姉さんがいて、
嫁ぎ先が決った矢先、肺結核に冒されてしまい、婚約も破棄され、
18歳で亡くなってしまいましが、お姉さんは色白の綺麗な方だったそうです
おそらくその姉を、歌の中だけでも嫁がせたかったのだろうと言われています

<トリビア2>
アメリカ・メキシコ圏の人々に日本の童謡『うれしいひなまつり』のメロディーを
聴かせると、多くの人が「これは昔ヒットしたメキシコ歌曲」と答えるそうです
実は、メキシコのラテン音楽のグループ、ロス・パンチョスが、この曲を
『Pobres Huerfanitos(悲しきみなしご)』として1960年代にカバーしていた
そうで、その際に日本の童謡とクレジットされないままヒットしたせいで、
アメリカ・メキシコ圏ではそのままメキシコ歌曲として定着してしました
この時期になると、いまだに不思議に思っている外国人はいるんでしょうね
童謡「うれしいひなまつり」



ものすごく長くなりましたが、これで終わります _| ̄|○ 疲れた
では、また来週~ (^・ω・^)ノまたね~♪

上巳節



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== Comment ==

No title
お帰りぃ~~~ (*^-^)
で さすがももたろうさんです♪
お勉強になりました ((φ( ̄Д ̄ )
そっか♪中国では 元服~みたいな意味もあって でも やっぱり娘の幸せを祈るのは同じなんですねぇ♪
メキシカンな うれしいひな祭り♪聴いてみたいですよね(ノ∇≦*) 太鼓の感じなんか合うと思う~~^^

ささ ではももたろうさんと入れ替わりで?人形ビスケット持って^^いってきまぁ~~す(o^∇^o)ノ
anego~!様
早!!コメント有難うございます!
疲れきってまぁ~~す!
No title
お疲れ様でした~~~~。
内モンゴルは寒かったでしょう。
今日はは女人節・・・なんだか時の過ぎるのが早いですね。
長い冬が過ぎもう春はすぐそこまでやってきています。早く暖かくなってくれないと私の風邪が治らないので困っています(笑)
ごーさん 様
何時もコメント有難うございます!
寒いより、痛いですね~~!私も瀋陽が長かったので寒さは経験済みですが
内モンゴルはそれに強い風が吹いてますから痛いんです!お身体、ご自愛下さいね!





        
 

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