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== 河南省 ==

開封市!!

今日は開封(かいほう)市のご紹介です (^△^)ノ
開封市

開封(かいほう)市は、河南省の北部の黄河の南岸、
省都鄭州の東側に位置している地級市です
河南省といえば、あの「洛陽」があった省であり、その為開封市も古くから
栄えていて、中国六大古都(西安・洛阳・北京・南京・開封・杭州)の一つと
なっており、過去に魏(戦国時代)・後梁・后晋・後汉・後周・北宋・金の王朝が
都を置いたことから七朝古都とも呼ばれ、現在では国務院による
歴史名城24都市の一つに指定されています
開封市位置


歴史的に開封の市域は黄河流域文明発祥地に属しており、
夏・商代には既に都市が存在していました
現在の開封に都市が築かれたのは2700年前の春秋時代で、鄭国の「荘公」が
現在の朱仙鎮付近に築城し「啓封」と名づけられました
戦国時代には魏国の首都として「大梁」と呼ばれ、当時有数の大都市に
発展しましたが、魏が秦によって滅ぼされると、大梁も徹底的に破壊され、
漢(前8年-220年)から唐代(618年-907年)にかけては特に重視されていませんでした

魏の滅亡から1100年たった唐の末期、開封は再び歴史上に現れることとなり、
軍閥の割拠で有名無実となった唐から皇位を簒奪した「朱全忠」は
後梁 (554年-587年)を建て、この地を都としました
その後続く五代十国の混乱の中でも后晋・後汉・後周などの王朝がこの地に都を
置きましたが、後周より禅譲を受けた「趙匡胤」が宋(北宋:690年-1127年)を建て
全国を統一するにおよび、当時『東京開封府』と呼ばれた開封は
中国統一王朝の首都の地位を得ることとなった訳です
北宋の頃の開封は人口は100万を越える大都市で、その規模は当時の世界でも
トップクラスを誇り、繁栄していました
また、唐代までの碁盤状の道路に区分けされた各エリアが隔壁によって
隔てられていた閉鎖的な都市構造が一変され、開放的な都市が出現したのも
宋代からで、宋都「開封」は中世的な中国大都市の出現という意味で
歴史上重要な地位を占めています

元代以降は河南省(元代は河南行省)の治所とされ、民国時代も省都でしたが、
新中国成立後の1954年に省都が鄭州市に移り、
以後河南省下の地級市として現在に至っています
開封市


観光としては、六大古都に選ばれている事もあり、
市街地には多くの名称旧跡があります
この後紹介していきますが、高さ55mで千年の歴史を持つ鉄塔や
1500年の古刹相国寺、王侯貴族の庭園跡の禹王台等、
40ヶ所程が国・省・市などの文化財に指定されています
また市内には宋都御街・包公祠・翰園碑林など宋代を模した
観光スポットも整備されており、観光客にも人気だそうです

また市域の諸県にも多くの名称旧跡があり、中国四大古鎮の一つに
数えられる朱仙鎮には岳飛廟・清真寺・関帝廟、古杞国の国都で
雍丘と呼ばれた杞県には虎丘台・鹿崗台、尉氏県には興国寺塔・紫銅鍾、
通許県には子羽墓・李左車墓・曹子建墓などが残されています
開封市



「鉄塔」(てっとう)
鉄塔
鉄塔公園内にある鉄塔は開封城の東北の隅の清時代に残された城壁内にあり、
1049年(北宋の皇佑元年)に建てられていて、900年余りの歴史があります
1961年には国務院から全国重要文化財の認定を受けました
北宋時代はここに「開宝寺」と言うお寺があり、この塔はそのお寺の
境内にあったので『開宝寺塔』と呼ばれていました
鉄塔
鉄塔は13階の八面造りで、高さ55mあります
上に上がるほどだんだん狭くなっており、この塔の煉瓦彫刻はとても有名で、
その煉瓦には飛天・麒麟・菩薩など50種余りの模様が彫られており、
非常に美しく表情豊かで、宋時代の煉瓦彫刻の傑作と言われています
この鉄塔はとても精巧で丈夫に設計されており、その建築技術は世界的にも有名で、
今まで地震・水害などに見舞われても、倒れることなく巍然と立っており、
この鉄塔は開封市を代表する名所となっています



「大相国寺」(だいしょうこくじ)
大相国寺
大相国寺は開封市の中心部にあります
中国の有名な仏教寺院の一つで、555年(天宝6年)の北斉時代初期に建てられました
当初は建国寺と呼ばれており、 712年(延和元年)に「唐睿宗」が相王から
皇位に昇りつめたことを記念して大相国寺と名づけられました
北宋時代、相国寺は皇族に深く尊崇され、その為何度も拡張されており、
敷地面積は33ヘクタール、64の禅院・律院、そして千人以上の僧侶がいました
当時の都では最大の寺院として全国の仏教活動の中心となっていましたが、
その後、戦争や水害などに見舞われ、1671年(清康熙十年)に新たに立て直されています
大相国寺
現在の大相国寺には天王殿・大雄宝殿・八角瑠璃殿・蔵経楼等が残っており、
八角殿の中には、高さ7mの大木で彫刻された千手千眼観音像があり、
とても精巧に彫刻されていて、古代木彫り芸術の傑作と言われています
1992年過ぎに仏教活動が復活し、鐘楼・鼓楼などが再建されました
この鐘楼のなかには清時代に作られた大鐘が今でも保存されています



「禹王台」(うおうだい)
禹王台
禹王台は開封市東南部にある、敷地面積約26ヘクタールの庭園跡です
ここには高台があり、春秋時代の晋国の大音楽家「師昿」が、
かつてこの高台でよく吹き奏でていたため「吹台」と呼ばれました
また、明時代初期禹王様の治水の功績を称える為、
この高台に禹王廟が建てられ、禹王台と呼ばれるようになりました
禹王台
禹王廟の正殿の東院は三賢嗣と呼ばれ、この中には唐の大詩人である
李白・杜甫・高適の塑像があります
正殿の西院は水徳嗣と呼ばれ、中国の歴史上治水に功績を挙げた人を
祀るために建てられ、廟の前には御書楼がありそこには乾隆帝が親筆した
『功在河洛』の匾額が掛けられています
禹王台
現在では禹王台公園と言われるようになり、毎年4月にはここで
「東京禹王廟会」が開かれ、そのときには、大勢の観光客が訪れます
また園内には文化遺跡以外に辛亥革命烈士記念園・牡丹園・日中友好櫻花園
などもあり、緑豊かで静かな禹王公園は、古都開封の主要観光地となっています


まだまだ観光スポットはありますが、ご紹介はまた次回にします
それでは、今日もこの辺で (^・ω・^)ノ またね~

菊花美女




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== Comment ==

こんばんは
ご訪問&コメント有り難うございます^^

いつもお邪魔しておきながら、挨拶も
せずに・・・失礼しました ((汗。

中国って、素晴らしいところですよね^^
高校の時に修学旅行で行きました♪
懐かしいです。

とても勉強になって、いつも記事を
楽しませてもらっています☆

リンクの件、嬉しいですww
こちらこそ、有り難うございます^^
私のブログは、なんでもございれな
感じですが (笑)、
それでも宜しいでしょうか?

是非私の方も貼らせて頂きたいです^^
今後とも宜しくお願いします☆
星月冬灯 様
今日は~!
コメント&リンク有難うございます!
こちらこそどうぞ宜しくお願い致しまする~~!





        
 

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