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== 天津 ==

天津市!!

今日は天津市の観光紹介です (^△^)ノ
天津市


天津市自体のご紹介は今までにしてきているので、簡単に
天津は中国4つの中央直轄地の一つで、中国北部を代表する港湾都市です
華北平原の東北部に位置し、東南は渤海に面し、西北方面は北京市、
その他の方面は河北省にそれぞれ隣接しています
総人口は約1,115万人、総面積は11,920k㎡、市街地の面積は4335k㎡ぐらいです
地図

天津の街が形成されたのは、他の中国主要都市と比べかなり遅い為、
その町並みは近代からの面持ちを比較的良く残しており、昔租界地であった
地区を中心に当時の洋館が数多く残され、西洋の雰囲気を漂わせています
またその一方で年画(正月の民族絵画)や土人形、中国凧、煉瓦細工、絨毯など
全国でも名を馳せる伝統工芸や、天津三大名物と言われる狗不理包子
(犬も喰わないという名の肉まん)・十八街の麻花(中国菓子)・耳朵眼炸糕
(中国式ドーナツ)に代表される伝統食品、そして古文化街や南市食品街などの
観光名所などの伝統文化が多く残され、中国の他の大都市に比べ、近代への
ノスタルジーや伝統文化の土臭さを強く感じさせる街となっています
地図

と、ここまでは前回の引用です(笑)

で、天津三大名物とは?
これが天津の老舗「狗不理包子」の狗不理包子饅です↓
狗不理包子
狗不理包子は1858年にできた、中国で最も歴史の古いブランドのひとつです
「狗不理」とは「犬もかまわない(食わない)」という意味になり、食品を扱う
店名として、犬も食わないとはどういうことか?と思われがちですが、
この名前の由来に関してはいくつかの説があり、最も一般的なものは、幼少時に
不運から守るため「狗子」と呼ばれていた創設者の「高貴友」が、包子作り・売りに
精を出し、それ以外の事に一切構わなかった(不理)ことに由来しているそうです
他の説で面白いのは、最初の包子が全く売れず、犬にやってもあまりの量で、
犬も(飽きて)食わなかったという噂話もあります(笑)

狗不理包子
全国的に有名になったきっかけは、ある役人が天津から持ち帰った狗不理包子を、
あの「西太后」が食べ、美味であると賞めたためだと言われています
狗不理ブランドは「天津狗不理集団有限公司」が所有していましたが、
2005年に中国の製薬会社同仁堂(Tong Ren Tang)に売却されています


次は十八街の麻花(天津大麻花)
天津大麻花
麻花(マーホア)については、いまや中国何処に行ってもありますので、皆さんも
良くご存知かと思いますが、小麦粉をこね、油で揚げて作る中国華北の菓子の事です
きつね色に揚げてあり、(暖かい内は)香ばしく、さくさくした食感と、
砂糖などで味付けられた甘い味が特徴ですよね
(店によっては、冷えると油臭く硬いので、暖かい方が美味(笑))

お・大きい(笑)
天津の名物菓子「天津大麻花」は、大きいものでは50cmを越えるものがあり、
砂糖をまぶすだけでなく、氷砂糖や金平糖が表面に挟み込まれているものもあります
「范貴才」「范貴林」という兄弟が始めた、老舗の「桂發祥」(けいはつしょう)が
有名だそうで、天津の大沽南路十八街という場所にあったため、
「十八街」が愛称となっているようです
天津大麻花
油で揚げてあるのですが、1ヵ月以上湿ったりせず、風味がなかなか
落ちない点にも人気があり、単に1本の生地をねじったものではなく、
中心にゴマ、クルミ、カボチャの種、ウメの実の砂糖煮、
キンモクセイの砂糖煮などを混ぜた、芯となる生地があり、
少し複雑になっているのが特徴だそうです


天津名物その3は「耳朵眼炸糕」です
簡単にいうと中国式ドーナツと言われていますが、
餡子入り揚げパンが一番近いと思います
耳朵眼炸糕
耳朶眼炸餻は小麦粉ではなく米粉を使用して作られており、
中に小豆の餡を入れた揚げパンのような物です
だからドーナツと呼ばれていますが、その色合いは金色で
皮の歯ざわりも良く、中の餡とマッチしているそうです
また、保存状態(賞味期限)も長く、半月くらいなら
味わいや硬さなどが変わらないそうです
1985年に天津市から優良品質食品に選ばれ、一躍有名になりました

当時の絵
その起源は清の光緒年間(1900年)頃で、「劉万春」と言う人が
北門外大町の耳朵眼と言う所で始めました
元々は運送夫などが休憩する店(屋台)としてはじめており、
看板には「劉記炸糕」(劉記の爆発カステラ)と書かれていたそうです
当初はその看板文句のせいであまり客つきは良くなかったようですが、
選び抜かれた材料とその口当たりの良さ、そして何より美味しくて安い
と言う事で、たちまち天津にその名が広まったのですが、
人々は耳朵眼というわずか8尺(2.4m)の道にある屋台(店)ということで
元々の名ではなく、「耳朵眼炸糕」というのが俗称になりました
お土産品



それでは観光スポットです
「盤山」(ばんざん:盘山)
盤山
天津市薊県城から西北へ約12kmにある盤山(風景名勝区)です
総面積は106k㎡あり、燕山山脈の南端に位置する盤山は、
「京東第一名山(北京の東で第一の山)」とも称されている
中国十五名山のひとつになります
特に「五峰」「八石」「三盤」「七十二寺」「十三塔」有名です

「五峰」とは、掛月峰、自来峰、紫蓋峰、九華峰、舞剣峰を指し、
山西省の五台山に対し、「東五台山」(東の五台山)とも呼ばれています
「八石」とは、懸空石、揺動石、涼甲石、将軍石、夾木石、天井石、
蛤蟆石、蟒石のことで、特に桃の形によく似た巨石の揺動石は、
手で推すとかすかに揺れる非常に不思議な石だそうです
「三盤」とは、「上盤は松、中盤は石、下盤は水」の意味で、
この山の風景の特徴をうまく表現しています
主峰の掛月峰は標高864mあり、頂上には唐代に築かれた八角古塔が残っています
また、山中には唐代の定光仏舎利塔があり、崖に刻まれた“摩天”の二文字は、
清末の軍事大臣栄禄の書であり、他にも杜甫の「一覧衆山小」という句が
刻まれています

盤山
全盛期の盤山には、72の仏教寺院、13の宝塔があったそうで、
魏の武帝曹操をはじめ、歴代の皇帝は積極的に山を切り開き寺を建立し、
また既存の寺院や塔を修築するなど、最大事にはその数160ヵ所以上にも及びました
なかには乾隆帝が建てた行宮“静寄山庄”もあったそうなのですが、
現在も残っているものはほとんどありません



「黄崖関長城」(こうがいかんちょうじょう)
黄崖関長城
天津市薊県城から北へ30kmの所にある長城です
隋代に創建されたもので、東は河北省遵化県の馬蘭峪長城、
西は北京平谷県の将軍関長城へとそれぞれつながっています
全長は約42km、1987年になって、天津市が万里の長城再建に乗り出し、
この区間の長城が再びその雄姿を現すこととなりました

黄崖関は、薊県域内で唯一の関所で、薊県と河北省興隆県の間を結ぶ
主要な街道でもあったので、北方からの侵入を防ぐのに適した
非常に険峻な地形が利用されています
標高300mにある関城は、その東西両側の崖がまるでえぐり削られたかのように
険しいところに築かれていて、この崖を夕陽が照らすと幾筋もの黄金色の光が
反射して見えることから、黄崖関という名になったといわれています



「八卦城」(はっけじょう)
八卦城
八卦城とは黄崖正関のことで、城内に「八卦街」があったことから
その名がつきました
城壁は東、西、南の三面にそれぞれ城門と城楼を設けていますが、
北側は防衛のため城門は設けず、城台には北極閣が築かれました
内城と外城の地面には4mの落差があり、南と北の両端にある小さな門を
くぐって行き来するようになっており、城内の街路は碁盤の目状ではなく
、行き止まりの路地や通り抜けできる路地など何十本もの通りが
複雑に入り混じっている。それはあたかも記号の集まり
のよう構造になっていることから、“八卦街”と称されるようになりました



「梁啓超故居・飲冰室書斎」(りょうけいちょう・いんひょうしつしょさい)
梁啓超故居
河北区にある第一工人文化宮からほど近い民族路に位置しています
「梁啓超」字は卓如、号は飲冰室主人で、清末民国初の啓蒙思想家です
康有為の門下生であり、また片腕として積極的に戊戌変法を提唱しました
1898年の戊戌政変により日本に亡命し、多くの西洋近代思想に触れた梁啓超は、
帰国後“庸言報”などを発刊し、民主と科学の重要性を説き、
西洋近代思想の紹介に力を注ぎました

梁啓超故居
故居は梁啓超自身の設計によるイタリア式建築の2階建てになっており、
1階には客間・書斎など、2階の東側半分には応接室、資料室が、
西半分には梁啓超専用個室と妻子用のへやがあります
1924年、この住まいの西側にイタリア人建築家による設計で、
その名も「飲冰室」という書斎を建てています


それでは今日はここまでです
じゃあ、またね~ (^・ω・^)ノ~~

天津



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== Comment ==

観光のない都市
天津って見るとこる少ないです。
初めて天津に行った時に、タクシーの運転手に 『どこか観光するとこない』って聞いたら、観光ガイドを見せてくれました。
が・・・
何もない・・・
浪漫飛行様
コメント有難うございます!
そこそこあるのですが....詳しくはこちらを御覧下さいませ!
http://momotaroublog.blog39.fc2.com/blog-category-9.html
No title
こんにちは
天津には何度も行った事があるのですが長城があることは知りませんでした。天津の印象派あまり観光のするところが少ないと所と思っていました。
ところで私のブログFC2ですが見事に中国政府に止められてしまったようです。日本では何も問題なく開くことができるそうです。
ごーさん 様
コメント有難うございます!
天津は、歴史上色んな場面で登場する所!でも、日本人はやっぱり近くの大連に行ってしまいますよね~~!まぁ~~私もそうでしたし......!今私は日本なので見えますが、中国に居る時はリンクさせて頂いてる方の中でも見えないブログがありますよ~~!ごーさん 様のは見えてましたのにね~~~?!
はじめまして
FC2ブログ、中国で規制されてますけど、ももたろうサンは大丈夫なんですよね!もう私や仲間達は1週間見れなく・・今は日本ですが直ぐ上海に行きますが、何か良い方法あれば教えて下さい。
カッチャン 様
コメント有難うございます!
私も今、日本ですので解りませんが、最悪の場合他の国のサーバーを経由しての
閲覧は可能かと思いますよ~!(物凄く面倒ですが...!)





        
 

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