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== 北京 ==

北の京「北京」!!

今日は北京の観光地ご紹介です (^△^)ノ
北京市内
ご訪問して頂いてる皆さんの方が、詳しいかもしれないので
出来るだけ避けてきたのですが(笑)、北京のご紹介です
ただし、北京オリンピックのせいで、外観とかが多少違っている
かもしれませんが、その辺はご勘弁を (〃゚д゚;A アセアセ・・・


北京はご存知の通り中国の首都であり、中国の最高権力機関である
全国人民代表大会の所在地になります
古くは「大都」・「燕京」・「北平」とも呼ばれていて、
その広さは四国ほどあります ∑( ̄□ ̄;)
(首都の割には、上海に次ぐ中国第二の都市なのですが(笑))
北京位置

古くから争いの耐えない地(北方の匈奴などの侵略)ではありましたが、
多くの国の首都・都城として栄えてきた為、数多くの遺跡などが残り、
世界遺産に登録されている物は6つもあります

・紫禁城(世界文化遺産、1987年)
・万里の長城(世界文化遺産、1987年)
・北京原人遺跡(世界文化遺産、1987年)
・頤和園(世界文化遺産、1998年)
・天壇(世界文化遺産、1998年)
・明の十三陵(世界文化遺産、2000年)

その他にも世界遺産級の物が沢山あり、海外からの観光客も多く訪れます
胡同



世界遺産の物は以前もご紹介しているので、今回はそれ以外にします

「胡同」(衚衕:フートン)
胡同
wikiにも載っていますが、北京市民の居住する街並みです
北京には数千本にも上るおびただしい数の胡同が、故宮の周囲に
張り巡らされており、その殆どは元・明・清の三時代に作られました

胡同
古くからの北京の街並みを留めていることから、観光スポットとして
内外の観光客から人気があり、自転車タクシー(輪タク)で廻るのが
一般的なようです(歩いても廻れますが、迷う可能性あり?)
ただやはり残念なのは、オリンピックの際に観光・保存用の一部を除き
改築や取り壊しが行われたようで、あの中国独特の壁無しトイレとかが
見れなくなっているようですね(汚い話ですが(笑))
胡同



「中央広播電視塔」
中央広播電視塔
北京市内の海淀区に位置する電波塔で、「北京テレビ塔」、
「セントラルラジオ&テレビタワー」と呼ばれる事もあります
中国ではお馴染みのテレビ塔ですが、北京で一番高い構造物で、
アンテナ最高部は405mに達しています
(でも、全国で3番目か4番目の高さ)
238m地点に一つの展望台を持ち、展望室とそれに付随する
レストランから北京市内を一望できます



「梨园京剧」
京剧
観光地ではないのですが、京劇は中国劇曲の中の一つで、
北京人にもっとも親しまれている代表的な曲です
基本的には歌、せりふ、立ちまわりの四つの要素からなっていて、
劇によって、重点が異なります
例えば、孫悟空の活躍する劇は立ちまわりが中心ですが、
楊貴妃の場面では歌や演技が主となっています
現在舞台上で演じられる演目数は京劇だけで200本を超えており、
やはり日本でも親しまれている「三国志」「水滸伝」「西遊記」などが
ファンの多い演目のようです



「雍和宮」(ようわきゅう)
雍和宮
雍和宮は清の康煕33年(1694年)、康煕帝が息子雍親王の為に
建てたもので元々は「雍親王府」と呼ばれていました
王府とは「邸宅」の意味ですが、雍正3年(1725 年)に「行宮(御所)」と
改められ、「雍和宮」と呼ばれるようになりました
その後の乾隆9年(1744年)には、チベット仏教の寺院となり、
ラマ廟とも呼ばれるようになりました

雍和宮
雍和宮はアーチ門と天王殿・雍和宮大殿・永佑殿・法輪殿・
万福閣などの豪華な大殿から成り、他に東西配殿や四学殿
(講経殿・密宗殿・数学殿・薬師殿)があります
雍和宮の中に「三大絶品」と評価されている物があり、
一つ目は「万福閣の弥勒像」で、白檀の木を彫り上げて作られています
二つ目は「法輪殿の阿羅漢」で、500もの阿羅漢は金や銀、銅や鉄、錫で
できており、そのひとつひとつが神秘的な雰囲気をかもしだしています
三つ目は楠を彫り上げて作られた「仏龕」です
雍和宮はチベット文化と宗教の宝庫であり、1961年には国務院により
全国重要文物保護団体として指定されています



「古観象台」(こきしょうだい)
古観象台
古観象台は北京の東城区・建国門西南の角にあります
明の正統7年(1442年)の建立で、中国における古代天文機器及び
古代天文学の専門的博物館として1956年から一般開放されています

観象台の上には銅製の大型天体機器があり、その下には紫薇殿や
漏壷(水時計)房などの附属の建物もあって、明、清両代の天体観測は
ここで行われていました
清代初期になると、洋式の製造方法で新しい型の機器を作り、
また清の康煕8年から12年にかけては、その製造技術が成果をあげ、
天体儀や赤道経緯儀、地平経緯儀など合わせて6種の機器が
観象台に設置されました

古観象台
観象台は国内でも非常に有名な天文台跡であり、古代天文学の
輝かしい業績を証明するものです
長い歴史を持つ観測史において、諸外国に引けを取らない設備と
建物が揃う場所でもあります



「智化寺」(ちかじ)
智化寺
智化寺は東城区禄米倉胡同にある仏教の禅寺です
明の正統8年(1443年)、太監であった王振が自宅を改築したもので、
その規模は大きくはありませんが、とても上品に美しく整備されています
黒の瑠璃亙の屋根がそのまま残されていて、明代の物としては非常に珍しい物です
またこの寺にはもう一つ有名なものがあり、<智化寺音楽>と呼ばれていて、
500年以上の歴史を持つ古典音楽だそうです

智化寺は細い胡同の奥にあるので参拝する人は少なく、ひっそりとたたずんでいます
胡同観光時に仏教音楽が聞こえてくれば、それは智化寺の物でしょう



「居庸関」(きょようかん)
居庸関
北京から50kmの昌平県に位置する居庸関は、6千kmにわたる
万里の長城の中でも北京防衛の最後の要となる最も重要な要塞で、
古来から兵家の必争の地とされてきました

居庸関
居庸関の名前の由来は、万里の長城を築く際に衆人や兵士、徴用された
農民などをこの付近に住まわせたという意味の「徒居庸徒」という
言葉からきているそうで、春秋戦国時代に当時の燕国が居庸塞と
呼ばれる関所をこの地に置いたのが始まりとされています
その後、漢の時代にはすでに巨大な要塞が築かれていたと言われています
南北朝時代に万里の長城と要塞が連結され、以後、唐・遼・金・元など
歴代王朝もこの地に守備隊を置いていました
現存の規模としての居庸関は明朝を興した洪武帝(朱元璋)が
モンゴルの再度の侵略を防ぐ為、1368年(明の洪武元年)に
大工事を行って整備したものだそうです



と、しない中心にご紹介してきましたが、まだご紹介したい分の
4分の1にも達していない状態です(多すぎるよ(笑))
まだまだありますので、次回引き続きご紹介していきます
(べ・べつに手抜きってわけじゃ無いんだからね!! ξ゚゚)ξ)
それでは、今日はここまでです (^・ω・^)> 敬礼!!

絵画




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== Comment ==

No title
こんにちは
またまた最後に一発強烈な美女が登場していますが、中国で一人暮らしの私にとっては目の毒のようです(笑)
ごーさん 様
コメント有難うございます!
単身赴任だったのですか~?
ご苦労様です!まだ中国ではFC2は見えないみたいですね~友人からもよく言われます!
こんにちは^^
ご無沙汰しております。
ようやく、新入社員教育も終わりPCの前に
座れる日々に戻りました。

北京は全てが大都会と思いきや
戦前の日本のような風景が多々あるのですね。

万里の長城へは、死ぬまでに行って
みたいところの一つです。

う~ん・・・最後の1枚はやはり、写真がいい(笑
ウイット 様
コメント有難うございます!
コメントが来ないのでどうしちゃったのかと思っていました。
遡って過去のブログも見て下さいね~~!





        
 

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